A Message from the Founder
あの夜の自分に、
届けたかったもの。
Rainbowのことを話す前に、ある夜の話から始めさせてください。
我が子を保育園に預けはじめた頃のこと。教室には、同じ月齢の子たちが走り回り、言葉でやり取りをしていました。我が子は、まだそこに追いついていませんでした。
家の中では、昨日できなかったことが今日できるようになるたびに一緒に喜んでいた。けれど集団の中に並べた途端、ものさしが変わってしまう。誰に何を言われたわけでもないのに、お迎えの帰り道、「うちの子は、違うんだ」と気づいてしまう瞬間がありました。
その夜、一人で考え込みました。検索しても出てくるのは一般論ばかり。深夜にこの不安を打ち明けていい相手もいない。明日になればまた、同じように送り出さなければならない。——そういう夜を過ごしている人は、今この瞬間にも、日本中にいます。
あの夜、本当に欲しかったのは、子どものいいところを見つけて、声に出して伝え続けてくれる存在でした。今のこの子に会ってくれて、いいところを毎日コツコツ言葉にして渡してくれる——そういう誰かが、隣にいてほしかった。
親が一番できそうで、一番できないことです。毎日向き合っているからこそ、「できないこと」のほうが目に焼き付いてしまう。ふと現れた小さな「いいところ」を、その日のうちに「それいいね」と返す余裕は、夜が来る頃には消えています。
これは「あったら嬉しい」ではなく、
「ないことがおかしい」ものです。
子どもの強みに毎日声をかける仕組みが社会に存在しないこと。一人で抱え込んでいる保護者に、夜中に届く窓口がないこと。畑から帰っても声をかける相手がいない高齢の方が、自分から手を挙げないかぎり誰にも見つけてもらえないこと。——これらは、誰かが本気でつくれば、解決できます。
だから、つくります。
Rainbowは、「いいところを見つけて声をかけ続ける」ことを、AIと地域の手で社会の標準にするプロジェクトです。子どもにも、高齢の方にも。世代を超えて、同じ夜を過ごしている人すべてに。
待っていても、誰もつくりません。だから、私がやります。
RAINBOW PROJECT ・ FOUNDER
Chiyo
このメッセージは、Rainbowが生まれた背景のほんの一部です。父のこと、娘のこと、そしてどう繋がったのか——詳しい物語は、note連載「あの夜の話」全7回で書いています。
note連載「あの夜の話」を読む →
A Phone Call
ある電話で、聞こえた声。
“もう自分は、誘われても出ていかない。”
— 受話器の向こうで聞こえた、ある人の声
長い間言わなくなっていた同じ話を、繰り返し語るようになっていた。「迷惑をかけたくない」と言って、本当の不安は話さない。受話器を置いた後、しばらく動けませんでした。
この人は今、誰かに「いいところ」を見つけてもらう体験を、もう何年もしていない。会いに行こうとしても「迷惑をかけたくない」と断る。誘っても「出ていかない」と言う。社会が誘うのをやめたから、本人も応えるのをやめた。あるいは、応えることに疲れてしまった。
子どもの夜と、同じ構造でした。「いいところを見つけて、声に出して伝え続けてくれる存在」が足りていない。足りていないどころか、その役を担うべき仕組みが、社会の中に存在していない。子どもにも、高齢の方にも。
—— だから、つくる。