Rainbowのことを話す前に、ある夜の話から始めさせてください。
我が子を保育園に預けはじめた頃のこと。教室には、同じ月齢の子たちが走り回り、言葉でやり取りをしていました。我が子は、まだそこに追いついていませんでした。
家の中では、昨日できなかったことが今日できるようになるたびに一緒に喜んでいた。けれど集団の中に並べた途端、ものさしが変わってしまう。誰に何を言われたわけでもないのに、お迎えの帰り道、「うちの子は、違うんだ」と気づいてしまう瞬間がありました。
その夜、一人で考え込みました。
「この子をどう支えたらいいのか」。検索しても出てくるのは一般論ばかり。深夜にこの不安を打ち明けていい相手もいない。明日になればまた、同じように送り出さなければならない。
—— そういう夜を過ごしている人は、今この瞬間にも、日本中にいます。
何年も経って、ようやく言葉にできました。あの夜、本当に欲しかったのは、子どものいいところを見つけて、声に出して伝え続けてくれる存在でした。「そのうち追いつく」でもなく「もう少し様子を見ましょう」でもなく、今のこの子に会ってくれて、この子のいいところを毎日コツコツ言葉にして渡してくれる──そういう誰かが、隣にいてほしかった。
親が一番できそうで、一番できないことです。毎日向き合っているからこそ、「できないこと」のほうが目に焼き付いてしまう。今日も着替えに30分かかった。今日も友達と遊べなかった。その積み重ねの中で、ふと現れた小さな「いいところ」を、その日のうちに「それいいね」と返す余裕は、夜が来る頃には消えています。
だから、誰かがその役を毎日担う仕組みを、つくらなければいけない。
これは「あったら嬉しい」ではなく、「ないことがおかしい」ものです。子どもの強みに毎日声をかける仕組みが社会に存在しないこと。一人で抱え込んでいる保護者に、夜中に届く窓口がないこと。畑から帰っても声をかける相手がいない高齢の方が、自分から手を挙げないかぎり誰にも見つけてもらえないこと。──これらは、誰かが本気でつくれば、解決できます。
だから、つくります。
Rainbowは、「いいところを見つけて声をかけ続ける」ことを、AIと地域の手で社会の標準にするプロジェクトです。子どもにも、高齢の方にも。世代を超えて、同じ夜を過ごしている人すべてに。
待っていても、誰もつくりません。
だから、私がやります。
あの夜の自分に届けたかったものを、
今、同じ夜を過ごしている誰かに、届けるために。
Rainbow Project, Founder
Chiyo
このメッセージは、Rainbowが生まれた背景のほんの一部です。
父のこと、娘のこと、そしてどう繋がったのか——
詳しい物語は、note連載「あの夜の話」全7回で書いています。
note連載「あの夜の話」を読む →